セミナーレポート『しなやかに、生きる。みんなのストレス波乗り術~臨床心理学の現場から~』
鳥取県地域若者サポートステーション主催の『しなやかに、生きる。みんなのストレス波乗り術~臨床心理学の現場から~』が、2023年1月16日に開催されました。今回は就職活動中の方、在職中の方、そして支援機関の皆様あわせて100名を超える方にご参加いただき、仕事を探したり、働く上でのヒントについて一緒に考える機会になりました。
地域若者サポートステーション(通称 サポステ)では、働くことについて悩みを抱える15歳から49歳までの方を対象に、「働きたい!」という気持ちにじっくり寄り添い、相談やコミュニケーションなどを学ぶ講座、就業体験など様々なプログラムを通して「働くこと」や「働き続けること」をサポートしています。
「仕事を探すとき、考えすぎて行動に移せない」、「職場で自信を失ってしまった」こんな悩みを抱えていませんか?今回のセミナーでは、ストレスに抗うのではなく、波乗りのように乗り越える方法を考えて行きます。
講師は、鳥取大学教授・臨床心理士の竹田 伸也さんです。「生きづらさを抱えた人が、生まれてきてよかったと思える社会の実現」に向けて研究されています。今回、親しみを込めて『竹田先生』ではなく『しんやさん』と呼ばせていただきます。
この日は「認知療法」を活用して、こころの柔軟性を身につける方法をお話しくださいました。
ストレス波乗り術 〜心の柔軟性を身につけよう〜
「ストレス波乗り術」というテーマに合わせ、しんやさんは波をイメージさせる青い洋服で登場されました。和やかでリラックスした雰囲気の中で、お話が始まりました。
しんやさんは、「生きているとつらいことは、たくさんあります。そのとき、発泡スチロールのような船を心の中に作り上げることができれば揺れることはあったとしても、それによって沈むことはない」と話します。
重要なのは「こころの柔軟性」。不安になったり、落ち込んだりしても、しなやかに自分のペースに戻るために役立つのが「ストレス波乗り術」です。
ストレスを溜めやすい物の見方とは 〜認知療法とは何?〜
しんやさんがいくつかのイラストを提示し、何が見えるかを楽しみながら考えました。
そのなかの1つがこれです。この絵は、多くの人は若い女性だけしか見えません。しかし、よく見るとネコとおばあさんも隠れています。「いろいろな見方ができるのに、レッテルを貼って物を見てしまうのはストレスを溜めやすい見方です」としんやさん。
こんなふうに、物事の見方が偏ってしまい、嫌な気分になったときに役立つのが、しんやさんが専門とする「認知療法」です。こころの健康を回復するための薬を使わない心理療法です。医療機関や相談機関で用いられるだけでなく、日々のこころの健康を保つエクササイズとして世界中で実践されています。「マイナス思考が浮かんでも、ぐるぐると反芻するのを断ち切る大きなパワーを与えてくれる」としんやさんは話します。
認知療法のポイントは、「考えが、気分や行動に強く影響を与えている」ということ。同じ出来事が起こっても、その時に何を思うかによって、全く違う気分や行動が生まれてきます。これを「認知モデル」といいます。
「僕たちは、なぜ嬉しくなったり、嫌な気分になったりするんでしょう?」と、しんやさんは問いかけました。そこには、人それぞれの「考え方のクセ」が影響しています。クセを理解することで、マイナス思考が生まれるカラクリを明らかにしていきましょう。
マイナス思考を生み出す考え方のクセ、『ユガミン』
状況の解釈や理解の仕方の「あやまり」が、ネガティブな考えにつながることを認知療法では「認知の歪み」と呼びます。
ここでスライドに映し出されたのは、カラフルな8匹のキャラクター『ユガミン』。
しんやさんは、「認知の歪みは誰でも持っています。でも自分に歪みがあるから良くないのだと、ネガティブに考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。そこで僕の教え子たちは、考え方のクセを『ユガミン』というキャラクターにしました」と話します。
ユガミンと仲良くなると、否定的な物の見方がうながされ、悲観的な気分が強まったり行動が萎縮してしまうことがあります。それぞれの性質を詳しく説明してくださいました。
ユガミン1号:「シロクロン」
物事を「白か黒か」で割り切り、人に完璧を求めさせることが得意です。すこしでも満足できないところがあると、失敗だと全てを否定して自信を失ってしまいます。「完璧主義になると、自分や他人、世界を減点思考で見ることで辛くなってしまう」としんやさんは話します。
ユガミン2号:「フィルタン」
物事の悪い面ばかりが目につき、良い点やうまく行ったことを見えなくさせるのが得意です。悲観的な「フィルター」を通して見ると、何事も悲観的に見えて気分も落ち込んでしまいます。
ユガミン3号:「ラベラー」
物事や人に「◯◯である」と否定的な「ラベル」を貼り、一度貼ったらなかなか剥がしません。否定的なラベルのイメージに振り回されるので、冷静な判断がとても難しくなります。しんやさんは、「物事をゆったり味わったり、自分の人生をマイペースに楽しんだりすることが難しくなる」と話されました。
ユガミン4号:「マグミニ」
自分の短所や失敗を実際より「大げさ」に考え、長所や成功は実際よりも「小さく」捉えてしまいます。些細なミスを大げさに考えて憂鬱になり、一方、自分のいいところは「できてあたり前」だと考えポジティブに評価できません。
ユガミン5号:「ベッキー」
自分や他人に対して「〇〇すべき」「◯◯でなければならない」と考えるのが得意です。「ルールに縛られて生活が窮屈になり、自分や他人の失敗を許せないので怒りやプレッシャーを感じやすくなる」と説明されました。
ユガミン6号:「ジーブン」
良くない出来事が起きると、自分に関係が無いにも関わらず、「自分のせい」だと考えるのが得意です。自分のことを嫌いになったり、自信が無くなったりしてしまいます。
ユガミン7号:「パンカー」
わずかな出来事を根拠に、あらゆる出来事が同じような結果になると「一般化」してしまいます。「みんな◯◯だ」「いつも◯◯だ」「必ず◯◯だ」という考え方です。嫌なことが繰り返し起こっているように感じて、落ち込みやすくなります。
ユガミン8号:「ジャンパー」
確かな理由もないのに、「結論が飛躍」し、悲観的な思いつきを信じ込むのが得意です。例えば、相手の表情から、バカにされていると深読みしてしまいます。しかし「人の顔色を見て、考えていることを読むのは120%不可能だと、心理学者として確信を持って言えます」と、しんやさん。「”私のことをこう思ったに違いない”という考えが浮かんだら、”〜と自分が思ったに過ぎない”と付け加えてみてください。マイナス思考のパンチ力が下がりますよ」とアドバイスされました。
だれもが心の中にユガミンを飼っています。しんやさんご自身は「シロクロン」と仲良くしやすいそうです。ストレスを受けた時に、自分はどのユガミンと仲良くしているのか選んでください。すると、マイナス思考の極端さに気づき、柔らかい考え方をしやすくなります。
「こころの柔軟性」を身につけるための4つコツ
〜考え方の幅を広げて「マイナス思考」を「気持ち良い考え方」に〜
「嫌な気分が強まる時は、一つの見方しかできてないサインですよ」としんやさん。「そんな時こそ認知療法を使って、いろんな見方から物事を捉え直してみてほしい」と話されました。マイナス思考を気持ちよい考えに置き換えることができれば、嫌な気分が軽くなります。
しかし、マイナス思考で頭の中がいっぱいになっている時に、別の考え方はなかなか見つかりません。マイナス思考の影響力を削ぎ落とせた時、こころを柔軟にするチャンスが到来します。4つのコツを知るだけで、柔軟な考えを自分で作り出すことができます。
コツ1:マイナス思考の根拠と矛盾点を探してみよう。
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」をマイナス思考の語尾に付け足してみます。
例えば、病気になったとき、「自分はもうダメだ」と絶望感に苛まれるかもしれません。ここで、「自分はもうダメかもしれないし、そうじゃないかもしれない」と考えてみます。すると、気分や行動が変わってくる可能性があります。
「マイナス思考の影響力が減ったところで、マイナス思考の根拠や矛盾点に目を向けて欲しい。それだけで柔軟なこころに変わりやすくなります」としんやさんは話します。
コツ2:マイナス思考を抱えるデメリットを探してみましょう。
「マイナス思考を抱えたままだと気分はどうなるだろう?」「マイナス思考を信じてしまっているせいで、できなくなっていることはない?」「 マイナス思考を鵜呑みにすることで、不都合な振る舞いをしていない?」と自分に問いかけてみてください。
デメリットを見つけて、マイナス思考を手放したいという気持ちが湧くと、こころの態度が変化し、別の考え方を探し始めます。
コツ3:人に置き換えてみましょう。
自分と同じように親しい人が悩んでいたら、あなたは何と言ってあげますか?
または、「信頼できる◯◯さんだったら、どんなふうに考えるだろう?」と想像してみてください。
「大好きな小説の主人公だったらどう考えるかな?」としんやさんも自分に問いかけることがあるそうです。「僕たちは他人の事だと冷静に問題を眺めることができますが、自分のことになると、距離を置いて見ることができません。わざわざ傷つくような考えを自分にかけていませんか?人ごととして見ると、柔軟な考えが浮かんできます」と話されました。
コツ4:自分のがんばりを認めてあげる。
「人が健やかに生きていくために、ほどほど、あいだ、中庸という言葉がとても大事な態度を表している」としんやさん。ほどほどの自信を保ちながら、気持ちよく過ごすために、大切なのはバランスです。
「できたこと、できなかったことにバランスよく目を向け、できた事にもしっかりと目を向けて自分の頑張りを認めてあげましょう。そうした態度が、物事をバランス良く捉える力を育んでくれる」と説明されました。
認知療法を習慣にしよう
認知療法が目指すのは、考え方の幅を広げる力を育てること。これが心の柔軟性です。プラス思考やマイナス思考に振り切れてしまうと、考えが狭くなります。
「人生の荒波を無くすことはできません。どんな荒波が来ても、状況に応じて柔軟な発想をすることで、しなやかに生きることができます」としんやさんは言います。
最後に、「これからは自分で自分を傷つける言葉をやめにしませんか?」と優しく語りかけたしんやさん。「今日の話の中で、できそうだなと思ったことから始めて、心の柔軟性を育んでくださいね」と締めくくられました。
今回のセミナーには、求職者の方に加えて支援者の方にもたくさんご参加いただきました。参加者からは、「ユガミンには、リスクマネジメントなど良い面がありますか?」という質問が。しんやさんからは、「マイナスに考えたから助かったという経験もあると思います。場面に応じて、その時に一番相応しい考え方をすることが、こころの柔軟性につながります」との解説がありました。
また、認知療法をさらに学びたい方のために、役立つ書籍や、Webページをご紹介いただきました。
『一人で学べる認知療法・マインドフルネス・潜在的価値抽出法ワークブック』 竹田 伸也 著(遠見書房)
「日本評論WEB みんなのストレス波乗り術」
https://www.web-nippyo.jp/tag/みんなのストレス波乗り術/
しんやさんの書いた12編のエッセイを読むことができます。
「ココロの健康のための道具箱」
https://researchmap.jp/takedas/ココロの健康のための道具箱
「ココロの健康に役立つ道具」をダウンロードして、自由に使うことができます。「竹田伸也・道具箱」で検索してみてください。
やわらかい口調で問いかけるようにお話しくださったしんやさん。「気分が沈んだとき、人間関係に悩んだとき、人生に足踏みしてしまったとき、いろんな角度から捉え直すことができれば、きっとまた自分のペースで前に進んでいけます」とメッセージをくださいました。就職や仕事へ向けて、温かく背中を押していただけるセミナーになりました。
しんやさん、参加者のみなさんありがとうございました。
鳥取県地域若者サポートステーションは、厚生労働省と鳥取県から委託を受けて、特定非営利活動法人ワーカーズコープが運営しています。鳥取市のサポステは鳥取駅南口を出てスグ、米子市のサポステは駅前イオンの中にありますので、求職中の方、支援機関の方も、ぜひお近くのサポステまでお気軽にお越しいただけたらと思います。
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