【セミナーレポート】『しなやかに、生きる。みんなのストレス波乗り塾~臨床心理学の現場から~』

 

『みんなのストレス波乗り塾~臨床心理学の現場から〜怒りを手なづける5つのステップ』

鳥取県地域若者サポートステーション オンラインセミナー

 

 

鳥取県地域若者サポートステーションでは、2024年10月21日にセミナー『みんなのストレス波乗り塾~臨床心理学の現場から〜』をオンライン開催しました。

 

講師にお招きしたのは、鳥取大学大学院 教授の竹田 伸也さんです。「生きづらさを抱えた人が、生まれてきてよかったと思える社会の実現」を目指し、臨床心理学・認知行動療法の研究や臨床、教育に取り組んでいらっしゃいます。今回のセミナーでは、かた苦しくならないよう竹田先生を「しんやさん」とお呼びします。

 

「波乗り塾」にぴったりの濃い青色のジャケットで登壇してくださったしんやさん。『怒りを手なづける5つのステップ』をテーマに、参加者の声に丁寧に寄り添いながらアンガーマネジメントについて説明されました。

 

当日は、求職中の方や支援機関など、116名のみなさんが参加しました。2時間のセミナーの様子をレポートします。

 

アンガーマネジメントとは〜練習をすることで怒りのコントロールはうまくなる〜

 

冒頭で、しんやさんは「怒りをどうやって手なずければよいかが今日のテーマです」と語りかけ、6つの問いを示しました。その問いに、参加者一人一人が0点から10点までの点数をつけるワークに取り組みました。

 

しんやさんは、「たとえば5、6人のグループで結果をシェアしたとしても、みんなが同じになるということはありえない」と説明。ワークを通して、価値観とは人が経験してきたことの総体であり、人によって全く異なっているのだと参加者は実感することができました。

 

しんやさん:自分には「こうすべきという価値観があるな」と知っていれば、怒りが生じるからくりが、わかりやすくなりますよね。自分にも相手にも価値観があるのです。そのことを思い返すことによって怒りが不必要に膨らむのを防ぐこともできます。

 

価値観が相手と相容れる場合、怒りが湧いてくることはありません。ところが価値観が全く違うと、怒りを感じるのです。

 

もう一つ、しんやさんが力を込めて説明されたことが、そもそも怒りは悪いものではないということでした。

 

しんやさん:イライラしやすくて、怒りを感じてしまうことも自然な営みです。そこに劣等感を感じる必要はないことを強調しておきたいと思います。怒りは感じてはいけないものではなく、上手な付き合い方を身につければうまく付き合うことができるものです。

 

怒りは、練習をすればするほどうまくコントロールできるようになります。そのためのスキルがアンガーマネジメントです。

 

イライラにとらわれてしまうからくり

 

感情には一次感情と二次感情と言われるものがあります。ある出来事に対して自然に湧き起こる感情が一次感情です。一方で、怒りは二次感情と呼ばれ、出来事によってイライラするような考えが浮かぶことで湧き起こるものです。

 

しんやさん:怒りは、我々の視野を徹底的に狭めてしまいます。物事を極端に考えてしまいがちになり、柔軟に捉えることが難しくなってしまう。怒りを感じているときに頭に浮かんでいる考えは、自分が正しいという視点に彩られているわけなんです。

 

怒りが消えてくれなくなると、ますます自分が正しいんだという視点にこだわるようになり、怒りの悪循環をもたらします。

 

極端な思考をしてしまう原因は、その人の持つ考え方のクセにあります。しんやさんは、8種類の考え方のクセ(認知の歪み)をキャラクターにたとえ、「ユガミン」として紹介。中でも、怒りを強めるクセとして、心のフィルターである「フィルタン」と、すべき思考の「ベッキー」というキャラクターについて説明しました。

 

しんやさん:「フィルタン」は、一つのフィルターを通して世の中を見るのが得意で、悪い面ばかりが目について良い点やうまくいったことなどを見えなくさせます。

 

2つ目の「ベッキー」は、「〇〇すべき」と考える癖のことです。「〇〇しなければ」と思い込みすぎると、そのとおりにしない自分や他人、物事を許せなくなりますよね。

 

このように怒りとは、自分の考えのクセによって作り出されたものです。だからこそ、自分でコントロールすることもできるのです。

 

しんやさん:人生はカラフルでいろんな体験ができるのに、わざわざ怒りによって自分の人生をモノトーンにしてしまう。こんなもったいない話はないわけですよね。怒りをコントロールできるようになれば、愛することも嬉しい気持ちにもなれます。人生の質が確実に高まるでしょう。

 

怒りのからくりを理解した後は、いよいよイライラコントロールするコツの解説に入りました。

 

イライラをコントロールする5つのステップ

 

しんやさんが、アンガーマネジメントを5つのステップに分けたのは、スモールステップでアンガーマネジメントを身に着けてほしいと考えたからです。

 

しんやさん:状況を一度に解決しようとせず、一段ずつ階段を上るように進むと、とても高かった目標も、いつしか自分のペースで超えることができるようになりますよ。

 

そして、イライラすることのデメリットを知れば、怒りをコントロールしようとする行動の動機も上がります。参加者からは「怒ると顔が怖くなる、判断を誤ってしまう、混乱してしまう」といった怒りのデメリットが聞かれました。

 

しんやさんは、交感神経を「がんばりスイッチ」と呼び、ずっとスイッチがオンで怒りっぽい状態になると健康も害してしまう可能性があると説明。参加者の皆さんも、アンガーマネジメントを身に着けるメリットを感じ、セミナーへの期待が大きく膨らんだようでした。

 

ステップ1 イライラの種と距離を置く

イライラをコントロールする5つのステップの最初は、イライラの種と距離を置くことです。イライラの種の一つは他人、もう一つは自分の考えです。

 

しんやさん:そもそもイライラの種の近くに居るから怒りはどこまでも膨らんでしまいます。怒りをコントロールするための第一歩は、怒りを感じた他人や、そこで生じた考えからとにかく離れることです。

 

考えから距離を置くには、認知行動療法の思考中断法が役立ちます。しんやさんはこれを「嫌な考えを止める技」と呼び、2つの技を取り上げました。

 

・嫌な考えを止める技1 合言葉作戦

自分だけの合言葉を作っておき、その言葉を唱えると、浮かんでいる嫌な考えを止めると決めておきます。合言葉には、短くて自分が好きな言葉を選ぶことが大切です。

 

しんやさんの場合は、大好きな女優の吉瀬美智子さんの名前を合言葉にしているそうです。マイナス思考が表れたら彼女の名前を唱えるとのこと。短くて印象的な合言葉を耳にして、参加者もハッとした表情になりました。

 

この作戦で、マイナス思考の8割は止まるといわれています。

 

・嫌な考えを止める技2 ゴムパッチン作戦

手首に巻いたゴムを思いっきり引っ張って離すと、痛みが生じて考えが止まります。嫌な考えの残り2割も、簡単な方法で止めることができるのです。

 

2つの作戦に加えて、しんやさんから“とびきりの裏技”も紹介されました。それは、考えの声色、トーンを変えてみることです。

 

しんやさん:怒りをもたらす考えは口に出していないにせよ、激しい怒声のようなトーンを伴っているので、ますます怒りが沸騰してしまいます。

 

思考のトーンを変えることで、マイナス思考の力は弱まるんです。イライラの原因になる思考に気づいたらトーンを変化させて、頭の中で優しくゆっくりつぶやき直してみてください。

 

こうしてイライラの種と距離を取ることができれば、怒りのコントロールは6割成功したといえます。

 

ステップ2 イライラした心をクールダウンする

怒りが強まると、交感神経がオンになり、呼吸は浅くて早くなります。そして体の筋肉はガチガチと緊張していきます。その結果、さらに怒りが強まっていきます。そこで呼吸を穏やかにして、体の緊張を緩め、心をクールダウンすることができれば、イライラの種と冷静に向き合うことができます。

 

クールダウンするには、「腹式呼吸」と「体の緊張を緩める」ことが効果的です。体の緊張を緩めるには、両腕と背筋を伸ばす、首をゆっくり回すなど、ご自身に合った方法でかまいません。

 

ここで、参加者全員が、自分のペースで腹式呼吸に取り組みました。腹式呼吸のコツは、鼻からゆっくりとお腹が膨らむように息を吸い、口からゆっくりとお腹がへこむように吐くことです。息を吸うよりも、吐く時間を長くします。

 

腹式呼吸を終えると、自分も「とろんとした顔になってるような気がする」と、しんやさんは表現しました。10回呼吸しただけで副交感神経のスイッチがオンになり、リラックスできることを参加者も実感しました。

 

ステップ3 イライラの必要性を見つめ直す

ステップ1と2を通して冷静に物事を考える余裕を取り戻せたところで、ステップ3ではイライラの必要性を見つめ直します。しんやさんのおすすめは、「自分の視点」「相手の視点」「大きな視点」の3つで考えを捉え直すことです。

 

・自分の視点

「自分は何に腹を立てたのか?」「怒りを生み出した考えは現実的か?」について冷静に目を向けてみます。

 

・相手の視点

わたしたちの行動は、その人にしかわからない事情から生まれています。相手の視点に立つことで、その言動には事情があるのだろうと見つめることができ、心に余裕も生まれます。

 

・大きな視点

大きな視点は、自分や相手の視点を超越したものです。私と相手を俯瞰して「自分を成長させるような捉え方はないか」「人生は自分にどんな答えを期待しているんだろう」と捉えると、事態を把握し直すことができます。

 

3つの視点から、怒りの必要性を見つめ直すことで、考え方の癖であるフィルタン」や「ベッキー」に捕まりにくい心を育てることができるのです。

 

ステップ4「必要な怒りは、はっきり話法で表現する」

必要性のない怒りだとわかればイライラは治まりますが、必要な怒りの場合は、「はっきり話法」で表現します。

 

しんやさんは、自己主張の仕方を大きく3つに分けて説明しました。3つの方法はキャラクターで表され、親しみやすい名前も付いてます。

 

・押しすぎ「オッシー」

攻撃的、一方的に自分の考え方を言う自己主張の方法です。キャラクター名は「オッシー」。自分も相手も戦闘モードになってしまうため余計にストレスが溜まってしまいます。

 

・引きすぎ「ヒッキー」

本音を言うと角が立つと考えて、つい曖昧な言い方になってしまうのが引きすぎです。「ヒッキー」と呼ばれています。言うべきことをはっきり伝えられず不満が残ってイライラすると同時に、相手にしっかり理解してもらうこともできません。

 

・はっきり話法「ハッキリン」

何に怒りを感じたかを客観的に伝えると、自分の気持ちが伝わりやすくなります。はっきり話法のキャラクターは、「ハッキリン」です。

 

しんやさん:「はっきり話法」を身につけるには、アサーションの技法を使います。コツの一つが、「私」を主語にして相手に伝えること。「私」を主語にすると言いたいことがはっきりすると同時に、自分の持ち場を超えて相手の持ち場に踏み込むことがないため、言い方が優しくなります。

 

 

もう一つのコツが、具体的に伝えることです。

 

しんやさん:たとえば、お母さんが外出する時に、子どもに向かって「ちゃんとやっといてよ」と言いました。お母さんは「風呂掃除をちゃんとやっといてよ」と、伝えたつもりだったんです。でも帰宅してみると、子どもは「ぼく、聞いてないよ」と話し、思いをわかってくれていませんでした。

 

言いたいことがうまく伝わらないのは、抽象的に伝えてしまっているせいで、相手に理解してもらえないということなんです。

 

ステップ5 結果を味わう

 

しんやさんは、結果を味わうことはとても大切なことだと強調しました。

 

しんやさん:イライラをコントロールした結果に注目すると、良い記憶が残りますよね。自信を高めたいなら「うまくやれたぞ」という達成感を積み重ねることが大事です。

 

「私、やるじゃん!」と、結果に注目をして自分を認めてあげると、達成感が生まれ「次も怒りをコントロールしてみよう」と思える自信につながっていきます。

 

 

職場で役立つアンガーマネジメント〜本当にあった話から〜

 

続いて、職場のスタッフとの関係で怒りを感じた方の事例を通し、どのように怒りをコントロールするのかを、「イライラをコントロールする5つのステップ」にそって振り返りました。

 

その方は、ステップに一つずつ取り組むことで、問題を建設的に解決したいという答えにたどり着きました。「はっきり話法」で、具体的に言いたいことを伝えてみたところ、スタッフも話を聞いてくれ、課題の解決へとつながりました。そして、結果を味わってみると「この調子で怒りをコントロールしていこう」と自分を褒める気持ちが湧いてきたといいます。

 

働くことに一歩を踏み出そうとする方、働きながら生じるイライラに悩んでいる方も、実際の仕事でアンガーマネジメントが役立つことがわかり、勇気を感じられたのではないでしょうか。

 

最後に、怒りをコントロールするもう一つのコツである「マインドフルネス」について、しんやさんは言及しました。

 

しんやさん:マインドフルネスを日々行うことによって、怒りに振り回されにくくなり、怒りと距離を置く能力が高まります。衝動的に反応することも少なくなります。

 

ここで、しんやさんが取り上げたのが「ナレーションワーク」。頭に浮かんでいる感情をナレーションするように味わい、感情と距離を置いて眺めるワークです。たとえば「今、怒りの感情に気づいたな」というように、自分の思考に意識を向け続けます。

 

しんやさん:もちろんこのナレーションワークで、不快な感情がきれいさっぱりなくなるわけではありません。だけどワークを繰り返すことによって、瞬間的に生じた感情に飲み込まれない力や、怒りと距離を置く力は、間違いなくついていきます。

 

 

言いにくいことを相手に伝えるコツ〜参加者からの質問に答えて〜

 

最後に、質問コーナーにうつりました。参加者のお一人から、「なかなかハッキリンになれないときがあるんです。言いにくいことを相手に伝える時のコツがあれば教えていただきたいと思います」という声があがりました。

 

しんやさんからの回答は、次のようなものでした。

 

「言いたいことはあるんだけど、角が立ったら嫌だな」「攻撃したいわけじゃないから、批判されたと感じさせたくないな」と、いろいろな配慮が働いて言いにくくなることってありますよね。

 

相手に何かを言うときに、まずは配慮を最初に伝えてみてはどうでしょうか。

 

例えば、「あなたにも事情があったのかもしれないけど」と配慮したうえで、「私はこうした方が良いと思うよ」と伝える。飲みに誘われて参加しない時には、「せっかく声かけてもらったんですが、都合が悪くて行けないんです」とはじめに配慮を加えてみてください。

 

些細な事で良いので相手に気を配る一言があったら、お互いに思いを伝え合うことがしやすくなると思うんですよね。

 

 

 

イライラをコントロールする5つのステップ」を説明し終えたとき、「みなさんにお願いしたいことがあります」と、しんやさんが切り出した話があります。それは、セミナーで学んだことを、一度に全部やろうと思わないでほしいということでした。

 

「スモールステップで、無理なくアンガーマネジメントを身に着けてくださいね」というしんやさんの穏やかな声に、ほっとした気持ちを抱いた参加者も多かったはずです。みなさんが、うなずいたり、メモを取ったりしながら真剣に耳を傾けていました。

 

怒りのコントロールに取り組み、人生の質を高めるための一歩を踏み出すことを、後押しする「ストレス波乗り塾」になりました。しんやさん、参加者のみなさん、ありがとうございました。